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Biography

Introduction

内田 鎮並(うちだ しげなみ)は、戦国時代の武将。大友氏一族の戸次氏の家臣。

出自

内田氏は相良氏庶流。代々肥後国日渡城主であったが、文亀年間に日渡城没落以降、大友氏の庇護下に入る。

経歴

父・内田鎮次同様、戸次氏の家臣ながら大友氏の合力を受け、父や兄弟と共に大友義鎮(宗麟)より偏諱を受ける。鑑連の代で家督を相続したが、宝満山九嶺において鑑連の矢面に立って討ち死にを遂げた。

なお『柳河藩享保八年藩士系図・下』の内田氏系図では『永禄年中』とあるのみで具体的な死亡年は不明。

子鎮高は鑑連から『昔上於源義経幕下佐藤次信、今於鑑連下内田民部鎮並、古今之貮比者也』の判物を与えられた。


脚注

  1. ^ 「並」の読みについて柳河藩享保八年藩士系図で言及がないので仮に「なみ」とした。
  2. ^ なお、柳河藩享保八年藩士系図・上と柳河戦死者名誉録によれば鎮並と同じく宝満山九嶺で戦死した安東連実の没年は永禄10年(1567年)7月7日。
  3. ^ 『柳川市史』史料編V近世文書(前編)58 立花家旧臣文書 内田文書 一一 戸次道雪感状写 昔上於源義経幕下佐藤次信、今於鑑連下内田民部鎮並、古今之貮比者也、 十二月十四日 内田伊勢千代丸(鎮高)殿 P.307。