

The details
Biography
Introduction
経歴
伊賀国花垣村(現・三重県伊賀市)出身。先祖代々花垣村予野で忍者の頭領を務める一族の出とされ、初代服部半蔵(「半蔵」ではなく「半三」と記した記録もある)。
伊賀の忍者には服部氏族の子孫である「千賀地」「百地」「藤林」の三家があったが狭い土地において生活が逼迫したため、その中の一家である千賀地家の保長は旧姓である服部に戻し、一族を引き連れ伊賀を出て室町幕府12代将軍・足利義晴に仕える事となる(北面武士就任の説もある)。
だが当時は室町幕府の衰退期であり、保長は見切りをつけて三河国岡崎(現愛知県岡崎市)に赴き、松平清康に仕え、次いで永禄年間初めころ、徳川家に再仕官する。以上が通説であるが、詳細は不明である。また、松平家も清康の代には大きく伸長したが「森山崩れ」を境に一気に衰退、その間の保長の動向も不明である。
保長により築かれたとされる、予野の千賀地氏城に関する伝承によると、上記の伝承とは逆に、足利義晴に仕えていた服部保長が伊賀に戻って、千賀地氏を名乗った事になっている。
登場作品
関連項目
脚注
- ^ 「15 服部半蔵と家康」三重県環境生活部文化振興課県史編さん班
- ^ 「第35回 忍者の階級の巻 」歴史人
- ^ 「15 服部半蔵と家康」三重県環境生活部文化振興課県史編さん班
- ^ NHK『歴史秘話ヒストリア』2015/12/09第238回放送「転職忍者ハットリ君の冒険 ~家康の“頼れる家臣”服部半蔵~」